共産主義社会のより高い段階において、すなわち、分業への個人の奴隷的従属が消滅し、それとともに精神労働と肉体労働との対立が消滅したのち、労働がたんに生活のための手段であるばかりでなく、労働そのものが生活の第一欲求となったのち、個人の全面的な発展にともなって生産力も増大し、協同社会的富のあらゆる泉がいっそうゆたかにわきでるようになったのち―そのときはじめて、ブルジョア的権利のせまい限界を完全にふみこえ...
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共産主義社会のより高い段階において、すなわち、分業への個人の奴隷的従属が消滅し、それとともに精神労働と肉体労働との対立が消滅したのち、労働がたんに生活のための手段であるばかりでなく、労働そのものが生活の第一欲求となったのち、個人の全面的な発展にともなって生産力も増大し、協同社会的富のあらゆる泉がいっそうゆたかにわきでるようになったのち―そのときはじめて、ブルジョア的権利のせまい限界を完全にふみこえ...