このほど北京の南西五〇〇キロにある有名な安陽の殷墟遺跡[注释1](前十六世紀―前十一世紀頃の殷代都市跡)で、紀元前十二世紀前半ころの貴族の墓と、その約半世紀前のものと思われる奴隷遺骸坑約二百が発掘された。貴族の墓 この墓は殷王の配偶者を埋葬したものであるが、遺骸は残っていなかった。しかし、槨の上部および周囲から殺害された殉葬奴隷の遺骨が十六体発見された。そのほか副葬品の青銅の酒器や鼎などの礼器約二...
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このほど北京の南西五〇〇キロにある有名な安陽の殷墟遺跡[注释1](前十六世紀―前十一世紀頃の殷代都市跡)で、紀元前十二世紀前半ころの貴族の墓と、その約半世紀前のものと思われる奴隷遺骸坑約二百が発掘された。貴族の墓 この墓は殷王の配偶者を埋葬したものであるが、遺骸は残っていなかった。しかし、槨の上部および周囲から殺害された殉葬奴隷の遺骨が十六体発見された。そのほか副葬品の青銅の酒器や鼎などの礼器約二...