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Your search : [ author:中国新聞社東京特派員 王文和北京週報社東京特派員 白日昶] Total 56 Search Results,Processed in 0.130 second(s)
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51. 中国から贈られた大地蔵尊の開眼式典
静岡県小笠郡菊川町にある松風霊山応声教院は五月五日、上海から贈られた石仏地蔵尊の開眼供養式典を盛大に執り行い、千二百年の伝統と歴史を誇る東海の名刹、応声教院は二百人を超す参会者でにぎわった。日本一のこの石仏地蔵尊は、上海市仏教協会が寄贈したもので、高さ六·二メートル、重さ三十五トン。中国工芸美術学会設計家研究会の著名な芸術家がデザイン、彫刻したもので、精巧を極めている。この石仏を迎えるため、応声教
Author: 本誌東京特派員 白日昶 Year 1995 Issue 26 PDF HTML
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52. 四街道市日中友好協会、第三回通常総会を開催
中日両国関係が新たな段階に入った一九九三年三月に誕生した千葉県四街道市日中友好協会(斎藤悌市会長=前市長)は、歴史の浅いわりにはめざましい発展を遂げ、日中両国国民の交流を盛んにし、相互理にを深め、友好親善の輪を拡げるうえですばらしい成果を上げている。同協会は創立した年の秋、中日友好協会の受け入れで、斎藤会長を団長とする第一回親善訪中団一行十八人が蘇州、杭州、上海を訪問、各地で参観や交流を通じて中国
Author: 本誌東京特派員 白日昶 Year 1995 Issue 27 PDF HTML
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53. 女性をテーマに第六回北京―東京中日シンポ
「女性が輝くために」をテーマとした第六回「北京―東京友好都市提携 中日交流シンポジウム」(主催=東京新聞·中日新聞、東京都日中友好協会、北京日報、北京市対外文化交流協会、後援=東京都、駐日中国大使館)が五月十七日、東京·西新宿の安田火災海上本社大ホールで開催された。これには、三百人余りが参加した。主催者を代表して、東京新聞·中日新聞の大島宏彦社長があいさつし次のように述べた。「東京新聞は北京日報と
Author: 本誌東京特派員 白日昶 Year 1995 Issue 28 PDF HTML
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54. 根気よく中国語を勉強する人たち
本誌東京支局のある目黒区に、小さな日中友好中国語講習会がある。受講者数は十三人(男五、女八)で、五、六〇代の人が多い。長年、みんな、よく頑張って、優秀な成績を上げている。毎週土曜日の夜六時から八時まで、区民センターで勉強している。他の区、千葉県から来る人は往復一時間余りかかるが、区内の人の多くにとっても目黒区は広いので近いとはいえない。みんなは、授業後に夕食をする。講習会は、冬も夏も休みがない。年
Author: 本誌東京特派員 白日昶 Year 1995 Issue 41 PDF HTML
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55. 山里の広い世界―新潟県入広瀬村
美しい自然の懐に抱かれた新潟県入広瀬村は、村づくりの中で、外部世界とのつながりを密切にし、心の通うふれあい交流を力強く推進している。中国との友好交流も活発だ。須佐昭三村長は、記念すべき村制百周年を迎えるにあたり、村の活性化をはかるには若い力が必要だとして、国際交流事業の促進に踏み切った。そこで、須佐村長は一九八六年九月、自ら村制百周年国際事業調査団(全員五名)を率いて、初めて中国を訪問し、北京、南
Author: 本誌東京特派員 白日昶 Year 1996 Issue 1 PDF HTML
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56. 咲き乱れる芸術の花
七月二千六日午後、東京の日中友好会館大ホールは、観客で埋め尽くされ、後ろの壁ぎわや通路まで四、五十人の立見客が出たほど。素晴らしい出し物と見事な演技が観客を魅了し、ひと幕ごとに、あるいはその上演中、しばしば大きな拍手がおこった。ときたま、爆笑がわき「好(ハオ)」の掛け声がかかる。これは、第三回「中国文化の日」の最終日を飾った舞台の部の盛況ぶり。一九九〇年から始まった年に一度の「中国文化の日」は、中
Author: 日中友好会館文化事業部部長 李鉄民 本誌東京特派員 白日昶 Year 1992 Issue 40 PDF HTML